丸池様へ行く ②

2020-03-10

/ by akira

 

 

以前紹介した「丸池様へ行く ①」のつづき、

せっかく「丸池様」へ行ったなら、こんなところにも目を向けてもらえたらというところ。

 

古くから「丸池様」は近くの集落の人たちにとっては畏れ敬う場所。

 

「丸池様」のその日の様子をみたら、その後はその周りで感じてほしい不思議について。

 

 

「丸池様」脇の林道を挟んで見られるのはこのような杉林。

 

ここで思い出してもらいたいのは、前回紹介したようにすぐ近くでは縄文時代の遺跡が見つかった場所であるということ。

しかし、わたしが杉で思いつくのは苦手な花粉くらい。

正直、あの粉はふりかけにもしたくないし、実を食べたいとも思わない。

そう考えると、このような場所で人々は生活をできていたのだろうか?

 

もちろん、当時はコンビニやスーパーマーケット、車や自転車もない。

 

数千年という長いの間、この辺りで年間を通した食料の調達ができていたということを考えると、現在と当時の植生は違うということが想像できてくる。

 

少し奥に目をやると杉と竹が混生している場所がある。

 

 

その辺りを見てみると、大きな岩を背負った別の神社を見つけることができる。

この神社は「古四王神社」と呼ばれ、耳の神様ともいわれている。

(この神社への参拝は林道からが見上げながらがお勧め。行きはよいよい帰りは本当に怖い。滑り落ちる恐れがあるのでお勧めしません。)

 

また、ご神体とも云われている陰の岩は「抑え石」や「鎮め石」と呼ばれ、なにかを鎮め抑えてくれているのだ。

 

いったい何を? そう、それは…。

 

ここでいたずらをすると…、ダシ(東)の風が吹き農作物に被害が出る、あるいは、集落で洪水が起こるといわれている。

20年ほど前に近くの集落で洪水の被害があったらしいが、実はその頃…、いたずらではないから関係ないと思うが…。

こういったことも古くから畏れられている理由のひとつだろう。

 

 

もう一度「丸池様」の方へ目を向けてみる。

 

 

季節がくると芽吹き、葉の色を変え落葉する落葉樹のと共に、肉厚の葉でいつも青々としている常緑樹を見かける。

 

 

それらのひとつであるタブノキは、暖地の沿岸部などに自生しているもの。

冬には吹雪や強い北風が吹くこの遊佐町町にはタブノキ林も残っていてるのだが、それもまた興味深い所であり、これらの実が縄文人たちの命をつないでいたのだろうかと想像するとなんだかおもしろい。

(北限のタブノキ林、群生については → こちらへ

 

 

「丸池様」のすぐ近くと林道の外側とでは植生が違うことがわかってくる。

 

「丸池様」の周りに視野を広げるともう一つの不思議に気づく。

 

木はどんなふうに成長していくのだろうか?

一般的に考えれば、上へ上へと伸びていくものなのにここではどうも様子が違う。

 

みんな「丸池様」が大好きすぎて近くに行きたがるのだろうか。

 

 

ところどころで見かける不思議な形の枝たち。

 

 

 

どうしてそうなったのか。

どうしてそこにあるのか。

そんなことから想像を膨らませてみてもおもしろい。

 

わたしたちは、何かというと

どうして?

なぜ?

そんなわけないじゃん!

と科学的な答えを求めたくなるが、ここに来ると、不思議なものは不思議なままでいることも大事だと感じさせてくれる。

 

次回は最終回

期間限定の丸池様の姿と、現在とこれからについて。

 

 

「丸池様へ行く①は → こちらからどうぞ」

 

「丸池様へ行く③は → こちらからどうぞ