庄内砂丘のクロマツ林

2021-02-09

/ by kaori

 

遊佐町のクロマツの紹介をしたいと思います!

クロマツは遊佐町の木になっており、町を砂風から守っている木です。(日々、クロマツのおかげです!)

日本海側から見たクロマツ林と鳥海山。林の手前には草地が広がっています。(遊佐町 十里塚海岸)

 

庄内砂丘の上にクロマツ林が広がっています。

庄内砂丘は、日本海に面し、総延長約35㎞、高さ68mの日本有数の大型砂丘です。鳥取砂丘の4倍の面積。(あまりしっくりきませんが)

遊佐町吹浦から鶴岡市湯野浜まで総延長33kmのクロマツの人工林に覆われています。(とにかく広範囲なんです)

冬の強い季節風、塩害や飛砂から家や畑を守るため、300年前からクロマツの植林多くの先人たちの偉業によって行われてきました。

町側から見たクロマツ林。林の向こう側は日本海です。砂丘の上にクロマツ林が広がっているのがわかります。(遊佐町 増穂)

 

遊佐町所蔵クロマツの植林図が、隣の市の酒田市立資料館(考古・歴史・民俗等の資料を紹介)展示されているとのことで行ってきました。

「飛砂に挑んだ先人たちー庄内砂丘 植林の歴史ー」(2020.11/21~2021.2/14開催)

右の写真 遊佐の沿岸部の民家 第二次世界大戦後、防砂林の荒廃が進み、田畑・道路も砂に埋もれたという。その後国営事業として海岸砂地造林事業が進められました。

 

今回の企画展では、砂害を食い止めるべく果てしない砂山に立ち向い、取組み続けた先人たちの取り組みが紹介されてました。

 

もとの庄内砂丘は、うっそうとした森林が広がっていたが、戦乱や塩製造で伐採され荒廃が進み、木が無くなり砂害に苦しむようになり、江戸中期頃より藩の「植付役」や私財を投じた先人たちが植栽を行いました。

 

遊佐町では佐藤藤蔵、曽根原六蔵などの先人が活躍しました。そのクロマツの植林図が展示されていました。

 

佐藤藤蔵(1712-1797)藤崎地区の植林を行う 子孫も代々植林に尽力

佐藤藤蔵翁 植林図 根上富治筆 制作年不明 左が植林の様子で、右が成功を祈っている様子の図です。

 

 

 

曽根原六蔵(1742-1810)佐藤藤蔵の甥 菅里地区の植林を行う 子孫も植林を継続

曽根原六蔵 西浜植付之図 レプリカ 牧野永昌筆 江戸後期 遊佐の西浜での植林の様子です。

 

 

どちらの図も砂地に挑んでいますね!植物には過酷な条件の砂丘に、耐えることができる植物は少なく、ただ植えるだけでは風に飛ばされ、砂に埋もれ枯れてしまうといったことから、当初は全くうまくゆかず何度も失敗を繰り返しました。根づくまでの植林方法にたどり着くまで、先人たちの長い様々な試行錯誤がありました。そして植林を長年に渡って取組み、徐々にクロマツ林が広まっていきました。

 

砂防植林の先覚者植栽地 右の遊佐町から左の鶴岡市までの図です。

 

たいへん沢山の人が関わっているのがわかります。しかも江戸時代から長年に渡っています。

クロマツは現在も防砂林としての重要な役目を果たし、地域の産業と暮らしを支えています。植林などの維持・保全活動が各地域で行われています。以上、酒田市立資料館でした。

 

 

 

佐藤藤蔵の植林地区が近くにある藤崎小学校では、クロマツ林を学び、守る活動を行っています(総合学習の授業)。

4年生がクロマツ林のリーフレットを作りました!(広報ゆざ2月号と一緒に配布されました。)

去年は募金活動(クロマツ保全活動のために利用)を行っていましたが、今年はコロナウイルス感染拡大防止のため行わず、町民に知ってもらうためリーフレットを作成しました。

すごく松枯れについてよくわかります、クロマツが大ピンチです!手書きで思いが伝わってきます。

松枯れの原因は「松くい虫」、「塩害」、「木の寿命」だそうです。

ニセアカシアの繁茂、クロマツ林の荒廃といった新たな問題も近年起きています。温暖化などの気候変動の影響もあるようです。

子供たちは、クロマツの植樹、枝打ちや下草刈りをして守り育てる活動をしています。皆で大切に守っていきたいですね!

植樹の様子です。藤崎小学校と高瀬小学校の4年生が取組んでいます。

高瀬小学校も曽根原六蔵の植林地が近くにあり、地元の方々と一緒に参加しています。

 

 

そして町では、佐藤藤蔵祭を行っています。遊佐四大祭と呼ばれるうちのひとつです。

遊佐四大祭

遊佐町の歴史の中で、多くの人たちのために活躍した4人の人たちを慕い、感謝の気持ちをささげるための町主催で行われる祭。

佐藤藤蔵祭

佐藤藤蔵:父親の藤左衛門と共に植林を開始。酒田より移住。一生を砂丘の植林に捧げた。

毎年11月10日、藤崎小学校にて神事、児童による発表・劇が行われています。

始まりは1928(昭和3)年11月10日、藤蔵に従五位が贈られたことがきっかけだそう。

昨年の祭の様子です。コロナ感染拡大防止のため限られた人数でひっそりと神事のみが行われました。

場所も通常は藤崎小学校ですが、昨年は西遊佐まちづくりセンターの西遊佐体育館で行われました。

遊佐町では感謝を忘れず行っているのですね。

郷土の歴史を大切にしており、後世の知らない人にも伝えることができます。

体育館に飾られている、西遊佐地区から見た遊佐町の画

とっても素敵です。松の範囲が良く分かります。それにしても広い・・・

そのおかげで砂地での畑や、さらに東側には田園地帯が広がっています。

日本海側から見たクロマツ林と鳥海山。写真の左側には風力発電機が見えます。(遊佐町 白木海岸)

西遊佐まちづくりセンター、西遊佐体育館の入口 かっこいい建物です!

元西遊佐小学校を利用し作られています。体育館はそのまま活用されています。

周りにはもちろん、松の木が!

皆さんの取組みで先人からの遺産を繋いでいますね。

 

 

◆酒田市立資料館◆

考古・歴史・民俗などのさまざまな資料を収集保存、紹介。
城輪柵、酒田商人の繁栄、戊辰戦争、酒田大火などに関する常設展示のほか、年数回開催される企画展では、湊町・酒田の歴史文化などテーマをもって展示をしています。

開館時間 9:00~16:30

休館日  12月から3月の月曜日(祝日の場合は翌日休館)、12/29~1/3

展示変更に伴う臨時休館日 2021年2/16~19、4/6~4/9

入館料  一般200円、高校生90円、小中学生50円(土日は小中学生無料)