遊佐町が生んだ新しい学び
オンラインで学ぶ大学生が、1か月間遊佐で暮らしたら、何が起きるのか。
去る9月、通信制大学であるZEN大学の学生4人が、遊佐町を舞台に1か月間のフィールドワークを行いました。
オンラインではないリアルな環境での人々との出会い、自然とのふれあい、そして自分自身と向き合う時間。
最終報告会とそれに向けたワークショップの取材を通して、4人それぞれの人生に前向きな変化をもたらした、遊佐町の魅力が見えてきました。

丸池様を見学
¶ZEN大学と地域・企業連携プログラムについて
ZEN大学は、2025年4月に開学した通信制の大学。神奈川県逗子市に本拠を置き、現在3,000人を超える学生が学んでいます。通信制大学でありながら、「ネットとリアルの融合」を掲げ、オンライン授業に加えて実社会での学びにも注力。留学・就業体験・ワークショップ・フィールドワークなど、リアルな場で“生きる力”を養うカリキュラムを数多く提供しています。
その柱のひとつが「地域・企業連携プログラム(Social Collaboration)」で、全国の企業や自治体などと連携し、学生が実際の現場に飛び込んで“社会のリアル”を学びます。日本財団のサポートにより経済的な負担を抑えながら中長期で参加できることが特徴で、全国各地へ実践が広がっています。
今回、その舞台のひとつに遊佐町が選ばれ、「一般社団法人遊ばざるもの学ぶべからず」が受け入れを担いプログラムが実施されました。
┃遊佐暮らしの中にある学び
活動と暮らしの拠点は六日町のとある民家。地域の方が若者向けシェアハウスとして提供しています。
学生は、町内で若手事業者が運営する「おでこBASE」や「喫茶 灯」の活動に関わりながら、町民と共に働き、語り合い、暮らしました。
オンラインを主軸に学ぶ彼らが“リアル”を学ぶのに選んだ場所が、遊佐町だったのです。

拠点となった六日町のシェアハウス
取材したワークショップで行われていたのは、“ワイガヤ”という手法。
学生が付箋を手に、遊佐町で過ごして感じたことや町への意見を出し合いました。

“ワイガヤ”とは“ワイワイガヤガヤ”の意味。
自分で発想するだけでなく、他の人が書いた付箋を見て思ったこともどんどん書き出していきます。
「遊佐は、食べ物が豊かで外部に食料を依存しなくても生きていける土地」
「商売が大丈夫か心配になるほど、商店の方がおまけをしてくれた」
「観光情報が分散していて見つけづらい」
「自然に恵まれているからこそ環境意識が薄くなっている気がする」
笑い声やうなずきが重なり合い、外からの視点ならではの指摘も交わされました。
遊佐町に来た当初町を観察していた学生たちは、1ヶ月で町づくりを共に考える仲間へと変わっていました。

遊佐に来た直後の“ワイガヤ”の結果。
付箋の数の増え方が、1か月間での学生の学び・気づきの多さを物語っています。
┃人生を照らした、町民との出会い
学生の変化の背景には、遊佐町の豊かな自然と人々の存在がありました。
町を見守る鳥海山。開放的な平野と広い空。どこまでも続き、夕陽が沈む水平線。
シェアハウスの大家さん。いつも温かく迎えてくれた喫茶灯の店主。お寺の住職。イベントや町内各所へ誘ってくれた多くの皆さん。
自然と人が、「お客さん」ではなく「仲間」として彼らを受け入れてくれたのです。

「喫茶 灯」の店主阿部さん主催の焚火ごはん会に学生も参加
滋賀県在住の窪田さんは、雄大な平野と防風林、海に心を動かされました。
月光川に沿って海まで自転車で1時間ほど走ったときに目にした、長く続く平野とその先に続く防風林、行き着いた先に広がる、地元の琵琶湖と違って対岸が見えない海。
自然の規模感の大きさを感じたと話し、「月光川を辿る観光ルートがあれば」と提案してくれました。

兵庫県在住の小谷さんは、遊佐町での体験を「プランクトン的周遊」と表現。
誘いにYESと答え続けるうちに、農家やお寺の住職をはじめとする町民との出会いが重なりました。
自ら積極的にコミュニケーションをとるタイプではないと話す小谷さん。
農家の方から「植物みたいな人だね」との言葉で自身を表現してもらったことで、「何かをしなくても、いるだけで存在価値がある」と思えたそうです。
遊佐の、人を受け入れる力を感じたエピソードでした。

東京都在住の辻野さんは、「遊佐ではお金をかけなくても豊かに暮らせる」と語ります。
遊佐の伝統料理や納豆に甘酒を和える食べ方を習ったり、庄内柿の白和えなどを他の学生と一緒に作ったりした経験が、辻野さんに豊かな時間をもたらしました。
お寺の住職やカフェのマスターが森林の管理や遊佐の今後について考えを語っているのを聞いて、産業開発の必要性に疑問を感じたり、肩書きを気にせずその人個人としていることの大事さを振り返ったりしたということでした。

釜磯にハマる辻野さん
茨城県在住の遠山さんは、「おでこBASE」のロゴ制作を担当。
おでこBASEの運営に関わる大学生や彼らがつないだ他県の大学生、地域みらい留学で遊佐高に通う高校生との交流が、人と関わるのが好きなことを再確認するきっかけになりました。
しかも、そんな体験を通して彼は今後長期的に遊佐町で暮らすことを本気で検討。
プログラム終了から半月ほどの短い期間をおいて、
なんと、遊佐町で実際に生活を始めました!
「これから遊佐町を訪れる人には、観光スポットよりもこの土地の遊び方を伝えたい」と笑顔で話す彼は、早くも遊佐町の魅力を形作る一員となっています。

┃町と学生、関係の循環
学生は、町の課題に目を向けながら事業所の活動をサポートし、観光や暮らしのアイデアを提案するなど、町に風を吹き込みました。
一方で、町は学生に、自分を見つめ直す時間を与えました。
その関わりの中で生まれた「関係の循環」は、町と学生の双方に新しい価値をもたらしています。
受け入れのサポートとしてプログラムに関わっていた地域おこし協力隊の松尾隊員も、1年半前には自らが大学生インターンとして遊佐を訪れた一人。
「遊佐町に関わった人が次の人を連れてきたり受け入れたりする連鎖が確かに生まれている」と感慨深く話してくれました。

最終報告会に向けた準備をサポートする松尾隊員
┃ZEN大学 × 遊佐町、新しい学び
オンラインで学びながらリアルの現場で経験を積むZEN大学の柔軟なスタイルが遊佐町の開かれた地域性と重なったとき、新しい学びが生まれました。
遊佐の日常が、「自分で考え、感じ、動く力」を学生に思い出させる。
オンラインでの学びを遊佐の土壌が経験に変え、学生の人生に確かな影響を残しました。

プログラム関係者からメッセージを受け取る
┃おわりに
最終報告会での学生の言葉に、町で過ごした時間の濃さを感じました。
慣れない地に最初は戸惑いながらも、人と関わり、考え、動いた1ヶ月間。
柔らかくも堂々とした表情で発表する姿が印象的でした。
遊佐町での1ヶ月の暮らしから4人がそれぞれの人生に必要な感覚を持ち帰ったことは、遊佐町の自然と人の不思議な魅力の存在を物語っていると感じます。
大学生に前向きな変容をもたらした遊佐町の暮らしを、今後も多くの人に体感してほしいと思う筆者でした。

(文・写真:白井駿平、松尾尚記)