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遊佐町民俗芸能公演会 inYouTube

2022-01-14

/ by kaori

 

遊佐町の民俗芸能公演会

毎年10月第4日曜日に行われる、町の伝統芸能が集結する催しです。残念ながら2020年よりコロナ禍で中止が続いていますが、今回少しでもご覧いただける機会を、と撮影が行われました。

 

1/14より、YouTube「遊佐町公式チャンネル」にてご覧いただけます!

令和3年度 遊佐町民俗芸能公演会 in YouTube !! コチラからどうぞ

 

今回の2団体4演目の新規映像に加えて、2018年の第59回公演の映像も公開中です!

 

【新規収録映像】

蕨岡延年の舞保存会 「壇内入」「陵王」「太平楽」

横町神代神楽保存会 「須佐男の命」

 

【過去公演映像】第59回遊佐町民俗芸能公演会より

杉沢比山連中 「大江山」

吹浦田楽保存会 「猿田彦の舞」「諾冊二尊の舞」

内ノ目おかめ神楽保存会 「おかめ道楽」「道化神楽」

 

遊佐町には、地区ごとに特色ある民俗芸能・民俗行事が受け継がれています。この公演会は、民俗芸能の保存・伝承を図ろうと昭和35年から行われています。当初は町内の団体だけでしたが、近隣市町や県外から伝承団体を招いて公演をいただいています。

 

ちなみに2019年の第60回開催では、「ユネスコ無形文化遺産登録※記念事業」として遊佐町の”アマハゲ”はもちろん、秋田県男鹿市から”真山なまはげ伝承会”さん、宮城県登米市から”米川の水かぶり保存会”さんから参加していただきました。

※2018年に「来訪神:仮面・仮装の神々」として全国の来訪神行事10件が登録されました。

 

(”アマハゲ”の過去記事はコチラからどうぞ ①通年来訪神あまはげ、公開!! ②アマハゲとはナニモノ?! ③冬も怠けずにがんばりますから …!! )

 

 

記事では、【新規収録】の2つの地区の保存会さんの撮影練習時の様子をお届けします♪

吹浦地区の『 横町神代神楽  (町指定無形民俗文化財)

吹浦地区横町の諏訪神社神楽殿で、毎年7月の第1土曜日に5つの演目を奉納上演しています。

 

昭和32年を最後に途絶えていましたが、復活の声が高まり昭和57年頃保存会が発足。わずかな資料と舞い手として活躍した先輩たちの記憶を頼りに復活されたそうです。平成元年から地元の中学生への伝承活動を行い、平成4年から大人と一緒に公演しています。

 

演目は日本神話を題材にしたもので、「源の頼光」「刀くぐり」「八幡太郎」「阿部の安奈」「伊邪那岐の命」「須佐男の命」などがあります。

 

神社での公演様子は、過去記事(2019)コチラからどうぞ

今回撮影した演目は「須佐男の命」です。

笛や太鼓・カネに合わせて舞手が独特のセリフ、力強い足運びで舞います。このステップが演目中ずっと踏まれているのに驚きました!1演目でかなり体力を消耗するそうです。スサノオノミコトさん、本番では仮面をつけますが、動きが激しいせいなのか練習では仮面を取ってますね。

神話の世界へしばし引き込まれます。

高天原を追放された須佐男の命(スサノオノミコト)が出雲の国の斐伊川にさしかかると、 娘を大蛇に食べられてしまうと嘆き悲しんでいる老夫婦に出会います。

八岐大蛇なる怪物にすでに娘が何人も食べられ、残った娘も食べられてしまうと聞き、須佐男の命は大蛇退治を決意します。

大蛇(おろち)の登場です。大蛇は頭が八つに尾が八つ、眼はホオズキのように赤く、八つの谷と尾根にまたがるほど巨大で、背には苔や杉や檜が生え、腹は血でただれているといいます。

須佐男の命は老夫婦に毒酒を作らせ、 これを大蛇に飲ませて酔って眠った所を退治します!この時、 大蛇の尾から現れた一振りの剣を、高天原の天照大神へ献上しました。

 

ここからは大蛇との戦いの見所なので、是非本番の動画をお楽しみください♪スサノオノミコトさんの勇壮な立ち回りや、大蛇の動きも見逃せません!!YouTubeコチラからどうぞ

 

蕨岡地区の『 蕨岡延年の舞  (山形県無形民俗文化財)

蕨岡地区上寺の鳥海山大物忌神社蕨岡口ノ宮※の神楽殿(国登録有形文化財)で、毎年5月3日に行われる例大祭 大御幣祭※※で奉納されます。

神社周辺の上蕨岡地区は丘陵の上に開けた集落で、通称「上寺」と呼ばれ、蕨岡修験者の拠点になっていました。鳥海山への登山口の一つです。

鳥海山は秋田県と山形県の県境にあり、古代より信仰の対象として崇拝されてきました。鳥海山は活火山で、噴火などの異変が起こると鎮祭が行われました。

 

※鳥海山大物忌神社蕨岡口ノ宮(国指定史跡、社殿は国登録有形文化財)

出羽國一之宮「鳥海山大物忌神社」は山頂の「御本社」、山麓の口ノ宮と呼ばれる「蕨岡口ノ宮」「吹浦口ノ宮」の3社からなっており、蕨岡口ノ宮はその一つです。

神社の様子は、過去記事(2019)コチラからどうぞ

 

※※鳥海山大物忌神社蕨岡口ノ宮例大祭 (2021年は神事のみ)

別名「大御幣祭(だいおんべいさい)」といい、鳥海山蕨岡修験者の修業の最終段階として行われた行事です。五穀豊穣と鳥海山の安寧を願い、「大御幣行列」や「蕨岡延年の舞」などが奉納されます。

 

神社の祭の様子は、過去記事(2018上寺祭り!・・・地元の人は上寺祭りと呼んでいます)コチラからどうぞ

 

 

蕨岡延年の舞の演目

児舞(稚児舞)の3演目、「童哉礼(どうやり)」「童法(どうほう)」「壇内入(たないり)」

舞楽(大人の舞)の4演目、「振鉾(えんぶ)」「陵王(りょうおう)」「倶舎(ぐしゃ)」「太平楽(たいへいらく)」

以上、7つの演目が太鼓と唱え言に合わせて舞われます。

 

蕨岡修験で芸能と修行は一体のもので、かつては宿坊の跡継ぎに限られ、年齢に応じた通過儀礼として舞を厳しく修業してきたとされます。戦後は宿坊の長男に限らず舞うことができるようになりました。稚児舞は男子が舞っていましたが、現在は少子化で女子も舞うようになりました。

 

今回撮影した演目は、児舞「壇内入」と 舞楽「陵王」「太平楽」です。YouTubeコチラからどうぞ

壇内入」真っ赤な舞衣や鳥兜は鳥海山の噴火の火を表すもので、恐ろしい噴火を鎮めようとする呪法と祈りが込められている。

舞が終わると一列に並んで正座をして、そろえた人差指、中指で床に鬼面を描き、目をつぶす所作をする。

 

修験者の家に生まれた長男は15歳までに児舞を習い、年齢を経るごとに各種の舞を身につけたことから、舞は修験者となるための大切な修行だったことが伺えます。16歳になると初めて入峰修業を許されたといいます。

陵王」蕨岡延年の中心的な舞です。1人の舞手が、共に切り顎の付いた”陵王”と、”納蘇利(なそり)”の面を取り替えて舞う。面が鎌倉期の作とみられ、蕨岡延年の舞は中世の芸能であるといわれています。

よろめきながら舞うので、”ガクタラ舞”ともいう。ヨロヨロしたとか、ちゃんとしないという意味で、”陵王”が爺様、”納蘇利”は婆様の舞と言われている。

腰を曲げながら酔態を模し、笑いを招いたものと考えられ、その仕草が珍しいとされている。

上衣の柄は胸元に赤と金色で日月を表し、腹の部分は萩やすすきなどの秋の草花をあしらい、背中には登り龍が描かれている。

面の顎が外れているのは入れ歯が外れているのを表している。舞うときには顎を動かしてカタカタ鳴らして舞う。

太平楽」俗に”刀の舞”とも言われ、除魔招福の呪法的な舞。狩衣の肩袖をぬぎ、相対して舞います。

刀を手に左右の足を交互に前方に上げながら舞う。舞い方は立廻し、磯切り、空入りと呼ぶ所作がある。

右手で刀を握り、眼の高さに持ち上げ舞います。

入れ違ったり、刀を合わせたり、足拍子も入った舞です。

荘厳で勇壮な舞ですね!こうして修行をされていたんですね。蕨岡修験者が舞っていた演目の数々、奥深いものを感じます。現地で見れるようになった時には、神楽殿での舞を是非見てみたいです!

 

遊佐町には多彩な民俗芸能が大切に受け継がれています。絶やさずに伝えていくことは素晴らしいことです!子供たちへの伝承活動も行われています。

遊佐町民俗芸能公演会の開催ができるようになった時には、遊佐町へ公演を見に是非お越しくださいね!

 

 

出典・参考図書

『蕨岡 魅どころ案内【蕨岡ガイド】』 蕨岡まちづくり協会 2018

『第60回遊佐町民俗芸能公演会 令和元年10月27日 遊佐町合併65周年記念』遊佐町民族芸能保存協議会 2019

『遊佐町主催事業報告書 第18回国民文化祭・やまがた2003』第18回国民文化祭遊佐町実行委員会事務局 2004

『蕨岡延年』神田より子/編集 遊佐町教育委員会 1994

参考Web

「ふるさと塾アーカイブス – ふるさと山形 地域文化 伝承・体験サイト」活動記録アーカイブス : 遊佐町http://www.yamagata-furusatojuku.jp/actograph-area/yuza/